曇りの夜は暖かい

兎にも角にも朝が来たら起きなければいけない。

そのたったひと言で

家から一番近い病院へ健康診断を受けに行った。特別悪いところがあるわけではなく、健康を証明する診断書の提出が必要になったのだ。

 

病院では、既往歴や内服薬があるかどうかを必ず聞かれることになる。

年齢のせいか見た目のせいか、何もないことを前提にして聞かれることが多いので、何も言わないことも正直たまにある。言うにしてもどこからどこまでをどう話したらいいのか、いつも迷ってしまう。今まで違う形で何度も治療をしてきたものの、しているからこそ、1番最初の治療しか伝えないこともある。しかし大抵は病名を聞き取ってもらえず、聞き返されることになる。だからそれに加えて少し噛み砕きながら言い直したり、なんとなくの概要を適当に説明するようにしている。それは幾度となくしているのに、未だに慣れることはない。

もちろん、すべてを詳細に話さないといけない時もある。大抵はカルテのようなものか小さなメモ用紙に言ったことが淡々と書き記されていくのだが、少し面倒くさそうな顔をされることも多い。自分が気にしてそう見ているだけかもしれないが、そのことについては慣れているので、特段気にしないようにしている。

 

今日も少しだけ心構えをしていた。検査が一通り終わり、診察室前の椅子に座ると、何の話をしているのかは分からないが賑やかな声が聞こえてきた。少しばかり長いような気もする診察の次に、自分の順番が回ってきた。中に入ると、案の定開口一番に聞かれたのは、既往歴についてだった。

例によって淡々と最低限のことだけを答えると、「じゃあ、いろいろと大変でしたね。」

診察医の先生からはそんな言葉が返ってきた。思ってもみない言葉を掛けられたことに、はっとしてしまった。

そんな言葉を掛けられたのは、初めてだった。

大変、という文字が浮き草のように頭に浮かんだ。自分でそう思ったことは一度たりともなかった。そう思わないようにしていただけなのかもしれないが。しかしなぜかその言葉ひとつで、すべてが報われたかのような心地がした。ただひと言で、人はどこか救われたような思いになることもある。

呆気にとられながら淡々と診察を受け、病院を後にした。