曇りの夜は暖かい

兎にも角にも朝が来たら起きなければいけない。

無口な父

私の地元である小さな街には、なぜか近いところにドラッグストアが3軒もある。スーパーも同様で、なぜかこれまた3軒もある。その内2つは敷地は違えど隣同士に並んでいる。1箇所にドラッグストアとスーパーが集まっているこの謎は、いまだによく分からない。

かつて田んぼだった場所は、いまは土地開発が進み、工事の真っ最中である。4軒目のドラッグストアと、4軒目のスーパーが立とうとしているのだ。一体ここの住民たちは、といっても私の地元なのだが、どれほどの物を消費しているのだろうと想像するとなんだか少しゾッとする。

 

「回転寿司が入るらしい」「本屋ができるらしい」「カフェもあるらしい」

建設途中でまだ何が建つのか知らない住民たちの間では、しばらくそんな噂で持ちきりとなっていた。どうやら、ドラッグストアとスーパーの他にもいろいろとお店ができるようだ。

もちろん、噂をするのは私の家族も同様で、滅多に口を開かない父も参加した。父が声を発することは余程のことがない限りまずないのだが、たまにぼそぼそと口を開く時がある。しかしそれは予測不可能で、たまに突拍子もないことを言い出すのだ。

 

「…ウオペイができるらしい」

父が突然新聞に挟まっていた建築予定の書かれたチラシを見て言った。洗濯物を干している母はよく聞こえていない。

「…ウオペイ」

ややかすれた声で何度かそう繰り返し、必死に母に向かって言うのだった。

「ウオペイ」

 

兵べいのことだった。

おそらく回転寿司の兵べいと電子マネーのPayPayが混じったのだろう。

兵べいのことをずっとウオペイと思っていたのだろうか。怖い、もし周りに言っていたら父はとんだ恥をさらすことになるだろう。しばらくしてから私は恐る恐る母に聞いた。「外でもウオペイってずっと言っていたのかな。」

「外でも喋らないでしょう。」

母の一言で話は終わった。

 

私はまだウオペイ以降、父の声を聞いていない。

美しいグリーンの稲が水面のように風になびいていたあの場所は、灰色のセメントでぼたぼたと押し固められていく。変わりゆく街で、父だけはいつまでも変わらないのだった。