曇りの夜は暖かい

兎にも角にも朝が来たら起きなければいけない。

恋が遠くで聞こえる

学生時代の友人に9ヶ月ぶりに会った。自分から話がしたいと誘ったので、なんとなくお礼も兼ねて、彼女が好きな紅茶のパックを数個買って持っていった。私はちょっとした手紙や物をよく人にプレゼントすることが多い。

「そう、最近紅茶を飲むのを頑張ってるんだよね。」

紅茶を飲むことは、頑張ることなのか。私がそのようなことを聞くと、どうやらジュースや炭酸飲料ばかり飲んでいるので、それらを紅茶に変えているらしい。なるほどダイエットの一環というわけだ。それが果たして正しいことなのかはよく分からない。9ヶ月前に会ったときと、見た目の印象はあまり変わっていなかった。

 

仕事の話を聞きたかったのだが、彼女はどうやら恋がしたいらしかった。仕事で挨拶回りに行くと周りを見渡してはそういう相手がいないか探してしまうらしい。

恋、その言葉は鐘の音がかすかに遠くで聞こえるように感じた。聞こえるまで、その存在を忘れていた。

 

数ヶ月前、叔母に会った時は案の定「そろそろ結婚とかそいう年よねえ。まだ早いか。仕事はどうなのよ。いい人見つけなきゃだめよ。」

と言い、それから自分の子供や孫の話を畳み掛けるように話すのだった。話すというよりはまるで独り言のように。言葉が目の前をただ通り過ぎていった。

恋や結婚がしたくないわけではなかった。けれどもそういう話を聞く度に、もう消えて無くなったと思っていた過去の傷と否が応でも向き合わなくてはならないのだった。それにはまだ時間が必要に思えた。

 

友人と別れて家に戻り、ふと、自分の腕に目を落とす。蛍光灯に照らされると一層青白く骨張って見える。治療で何度も刺された点滴針の跡は、青くなってやがて黄色くなり、また青みがかってだんだんと薄くなってきている。時間は確実に、ゆっくりと流れている。