曇りの夜は暖かい

兎にも角にも朝が来たら起きなければいけない。

海は悲しい

いつのことか、湖の見えるところに住みたいと思ったことがある。

朝、太陽の光に照らされてきらきらと輝く水面はどうしようもなく美しく、それでいて昨日の騒音は湖底に全て吸い込まれたかのように静かだ。

風が吹けば、ほとりでは波の音だけが聞こえる。時折、鳥のさえずりが遠くの方から聞こえてくる。風、波、光。湖のほとりに住めたなら、どんなにいいだろうと思った。

 

海は怖い。小さい頃から海を見るのが怖かった。崩れる前の波は鉛のようで、見ているだけで苦しくなった。波の来ない安全な場所で水平線を眺めるのは好きだったが、眺めていると心のぽっかりが顕わになってくる。人はずっとどこかさみしい、そのことが波とともに洗い出されるように。海は悲しみが多い。

18の頃、好きでもない人と海を見に行った。波の音にすべてがかき消されるような心地がした。自分の心には何もない、ただそれだけが分かった。着ていた花柄のシフォンスカートや素足さえ厭に感じられ、カラスが鳴いていると自分がなんとも滑稽に思えた。どうしてこんなにも空虚なのか、その時は分かったようで何も分かっていなかった。「カラスが笑ってる。」

そう小さな声で独りごちた。それは波の音ですぐにかき消され、余計に虚しくなったのだった。