曇りの夜は暖かい

兎にも角にも朝が来たら起きなければいけない。

目と耳、光と音。

[紙をめくる音][足音][コップを置く音][ペンが走る音][水道を出す音]

スマートフォンの光。空気中のホコリに当たる光。夜の列車の光。植物の放つ光。

音と光が重なり合う。

 

映画を見に行った。私の住む隣の町には、30人程が入れるスクリーンが1つだけの映画館がある。コーヒーもポップコーンも売られていない。民家の玄関のような扉にはOPENと書かれた木の板がかけられている。映画のチケットは料金を支払った際にもらうレシートがそれで、当日に来た順でホワイトボードから座席を選び、レシートの裏にアルファベットと数字をボールペンで店主に書いてもらう。シアタールームに入ることができるのは、上映開始5分前と決められている。その小さな映画館には待つことができる場所はないので、当然外で待つことになる。開始10分ほど前になると、次から次へと人が来た。満席らしい。以前にも来たことがあるのだが、その時は4人ほどで見た記憶がある。

座席は廃館になった映画館のものを譲り受けたものらしく、ブルーの生地が張られたシートは想像よりもふかふかしていて、案外座り心地がいい。スクリーンの前には直径1mほどのスピーカーが雑多に置かれ、太さ1cmほどのコードが何本も繋げられている。一寸の光も入らない部屋で、スクリーンの光に目と耳を澄ませる。

岸井ゆきのさんが耳の聞こえないプロボクサーを演じていた。

日本の映画に日本語の字幕が流れること、彼女のセリフは手話でほとんど声を発さないこと、エンドロールの音楽が生活音であること。誰かの当たり前は誰かの当たり前ではないこと。誰でも何かに多少なりとも傷つきながら生きているということ。泣くわけでも笑うわけでもない。微細な表情の変化から伝わる感情の波。声や動きのひとつひとつが愛おしく、ずっと見ていたかった。